大判例

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神戸地方裁判所 昭和47年(モ)1132号 判決

債権者

大野志郎

外四名

右訴訟代理人

野田底吾

外二名

債務者

株式会社 山手モータース

右代表者

大久保亀夫

右訴訟代理人

上本繁幸

外二名

主文

神戸地方裁判所が同庁昭和四七年(ヨ)第三八四号賃金支払仮処分命令申請事件につき、昭和四七年八月二九日になした仮処分決定を認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判〈省略〉

二、当事者の主張

(一)  申請の理由

1  債務者はタクシー運送を業とする会社であり、債権者らはいずれも同会社の従業員で、山手モータース労働組合(以下たんに組合という)の組合員である。

2  債権者らはつぎのとおりの内容の会社就業規則乗務員賃金規定(以下たんに旧規定という)に基づいて、毎月二八日限りその賃金の支払いを受けていた。

(1) 乗務手当(一乗務) 二〇〇円

(2) 乗務完了手当(一三当務)

四三〇〇円

(3) 乗務日給(一乗務八五〇〇円につき) 二五三〇円

(4) 無事故手当(一乗務) 一五〇円

(5) 勤続手当日給(一年につき)一〇円

(6) 歩合(能率)給

一乗務水揚八五〇〇円を超える分の四二%

(7) 深夜手当

(1)ないし(6)支給分の総計の7.21%

(なお一乗務は午前七時三〇分から翌午前二時三〇分までをいい、勤務日数は二日となる。また賃金支払いの基礎となる水揚量は毎月二一日から翌月二〇日までの間の稼働タクシー料金である。)

3 債権者らの昭和四七年七月二一日から同年八月二〇日までの総水揚金額は別紙二A欄記載のとおりであり、これを前掲規定によつて計算すると、債権者らが同年八月二八日に支払いを受けるべき賃金は別紙二B欄記載のとおりとなる。〈後略〉

理由

一申請の理由1ないし3記載の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によれば、つぎの事実が一応認められる。

1  昭和四七年一月一七日大阪陸運局が債務者会社等に対し同年二月五日を実施日として33.5%のタクシー料金値上げを認可したのに伴い、債務者会社としては従来適用していた賃金規定(旧規定)を改訂したいとして、債権者らの所属する組合に対し、その改訂案を呈示して同年二月四日から団体交渉に入り、同年八月二〇日までの間約二〇回の接衝を重ねたが、妥結するに至らなかつた。

2  そこで債務者会社は旧規定が同社就業規則の一部となつていたので、労働基準法所定の手続に従い、昭和四七年七月二七日前記組合ないし債権者らの同意を得ることなく新規定による就業規則変更届を提出し、同年八月二〇日この新規定を組合に発表し(このことは当事者間に争いがない)、同月二八日右規定に基づいて、債権者らに対し同年七月二一日から同年八月二〇日までの賃金として別紙二C欄掲記のとおり支給しようとした。右認定を左右するに足りる証拠はない。

三、そこで右新規定が債権者らに効力を及ぼすかどうかについて判断する。

(一)  まず、就業規則、とりわけその内容の一部をなしている賃金規定を個々の従業員ないし所属組合の同意なくして使用者である会社が一方的に改訂しうるかどうかについて考えてみる。

就業規則は労働基準法第八九条所定の事項等に関して経営者である使用者が多数の従業員の労働条件を統一的画一的に処理するために一方的に作成し、作成時における当該事業場に使用される全従業員に適用されるものである。

このように使用者によつて一方的に作成される就業規則に定められた労働条件等がいかなる根拠によつて、その労使を拘束するかについては、周知のように見解の分かれるところである。

労働契約は、労働者がその労務の自由な使用を使用者に委ねることを一つの内容とする契約であるから、当然に使用者の労働者に対する指揮命令の権能を伴うものであつて、使用者は職場の秩序維持、労務供給の手順等について一定の基準を設定し、これらを就業規則に労働者の行為準則として規定する。そうして、これらの事項が労働者を拘束するのは、前記労働契約の内容である使用者の指揮命令権にその根拠があると考えられる。

したがつて、就業規則のうち、これらの事項については使用者が諸般の事情に適合しなくなつたときは、それが合理的なものである限り、従業員等の同意なくして一方的に改変しうるものであり、ひとたびこれが改変されると規範的なものとして従業員を拘束するのである。

しかしながら、賃金の決定、計算等の賃金支払いに関する事項が就業規則中に定められた場合、それが労使を拘束する根拠は、当該事項が労使の個別的な労働契約の内容となつていることに求めるのが相当である。

なぜかならば、賃金の支払いに関する事項は、労働契約締結の最も重要な要素をなすものであつて、就業規則の中にとり込まれていているかどうかにかかわりはないからである。

そうすると、右のような労働契約の要素をなす基本的な労働条件が、ひとたび合意によつて労働契約の内容となつた場合には、これを一方の当事者において相手方の同意なくして変更しえないのは契約法理上当然であるから使用者が一方的に制定する就業規則でもつて、その内容を労働者の不利益に改訂しても、それだけで規範的効力を有するものとは解せられない。

(二)  債務者会社の旧規定が債権者らの同意なくして改訂されたことは前認定のとおりである。そこでつぎに右改訂が債権者らに不利益を及ぼすものであるかどうかにつき検討する。

〈証拠〉を総合すると、新、旧両規定を対比すれば固定給である乗務日給等については新規定の方が債権者らに有利に改訂されているけれども、タクシー乗務員の最も重要視する能率給については、一か月間の総水揚金額が同一の場合は明らかに新規定は債権者ら不利益に変更されており、また乗務完了手当、無事故手当等について乗務日数による支給制限がきびしくなつたため、年次有給休暇等の正当な事由による欠勤の場合賃金ダウンをきたすようになること、さらに一か月間の総水揚金額に対する賃金支給総額のしめる割合が低下することが一応認められ右認定に反する証拠はない。

そうして、右事実と、債権者らの昭和四七年八月分の賃金に関して新規定に基づいて算定すると旧規定による場合よりも減少すること(この事実は当事者間に争いがない)を合せ考えると、新規定は全体として債権者らに不利益な変更というべきである。

もつとも債務者会社は、前記タクシー料金の値上げによつて、一か月間の水揚金額も従前の約二五%の増加が見込まれるから、従来一か月二〇万円の水揚げを得ていた場合は料金値上げによつてそれが二五万円になるのであり、これを前提として新旧両規定によつて当該乗務員の賃金を算出すれば前者の場合は月額八万五〇五〇円であり、後者のそれ一〇万六四五五円となり、実質二万一四〇五円の賃上げになるのであるから何ら債権者らにとつて不利益な改訂ではない旨主張するところ、右の計数を前提とする限り、その主張のとおりの賃金額になることは計算上明らかである。

しかしながら、右の場合においても一か月の総水揚金額二五万円で新規定によつて計算すると旧規定による場合よりも減少することは前認定のとおりであり、たんに支給賃金が従前よりも多くなるということだけで債権者らに不利益を及ぼさないということはできない。

(三)  さらに、債務者会社は同社における賃金体系はいわゆる能率給を一つの柱として規定されているので、タクシー料金が値上げされた場合には賃金規定を改訂して賃金を調整する慣行が確立されており、そのことが個別的な労働契約の内容になつている旨主張する。

債務者会社のように水揚量を基礎とした能率給を一つの柱とする賃金体系を採用している場合には、タクシー料金が値上げになつたときには事情によつて、それに見合うように能率給を調整する必要がある場合があることはいなめず、成立に争いのない甲第七号証の一(あつせん案)には、タクシー料金値上げによる賃金改訂を前提とする記載があること、また前顕旧規定(甲第一号証の二)の第一五条には、「下記の各号の一に該当する合は当賃金規定を適用しない」として、場その第一項に「経済事情の変化」をあげていることが認められる。

しかしながら、このことから、ただちに、タクシー料金が値上げされた場合には債権者らとの個別的な労働契約の内容となつている賃金支払いに関する事項については、従来の契約内容は破棄され債権者らの同意なくして一方的に使用者である債務者会社がこれを定めうる旨の合意が成立しているとまではとおてい認めることができない。

そうだとすれば、債務者会社の新規定は債権者らに効力を及ぼさないものであるから、債権者らは依然として旧規定に基づいて算定された別紙二B欄記載の賃金を請求する権利があるというべきである。

四そこですすんで仮処分の必要性について判断すると、債権者らがいずれも債務者会社から受ける賃金のみで生活している労働者であることは弁論の全趣旨にてらし明らかであるから、その賃金を受けえないことによる損害はのちに回復することができない。

もつとも、〈証拠〉によれば債務者会社から新規定による賃金(別紙二C欄掲記)を支給しようとしたが、債権者らにおいてその受領を拒否したことが認められるけれども、前認定のとおり債務者会社は債権者らに対し旧規定による賃金を支給する義務があるのであるから、債権者らにおいて、債務者会社の右提供賃金を受領する義務はないのであり、このことの故をもつて本件仮処分の必要性を左右することはできない。

五よつて、債権者らの本件仮処分申請は理由があるから、さきに右申請を容れてなした前掲仮処分決定を認可することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。 (田中観一郎)

別紙一〈省略〉

別紙二

債権者

(A) 総水揚金額

(B) 旧賃金規定

による賃金額

(C) 新賃金規定

による賃金額

大野志郎

二一万五三四〇円

九万二八八六円

八万七六一九円

内海峰一

一七万〇四三〇円

八万〇六〇〇円

七万五九〇〇円

山足盛男

二五万八六六〇円

一一万三一三六円

一一万〇八五七円

森田徳治

二四万四二四〇円

一一万九八一四円

一〇万八〇七三円

南中弘

一五万〇一一〇円

七万三五七二円

六万六一八〇円

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